「電車でタイピング」のアドベンチャーモードは、以前、稚内駅から始まるようになっていました。日本の北端に近い駅から少しずつ南へ進み、いつか全国へ広げていく。全国の鉄道をゲーム盤にするなら、端から始めるのは分かりやすいと思っていました。最初の一駅をこちらで決めておけば、プレイヤーは迷わず始められます。開始画面も簡単ですし、全員が同じ場所から出るので、作る側としても考えることが少なくて済みます。稚内という駅にも、長い旅の出発点らしい響きがありました。けれど、全国を一枚の地図にして眺めているうちに、どうして全員が同じ駅から始めるのだろう、という引っ掛かりが残るようになりました。

稚内から始めることが悪いわけではありません。そこから出発したい人にとっては、今でも立派な一駅です。ただ、それを全員の出発点にしてしまうと、最初の旅程をゲーム側がかなり強く決めることになります。アドベンチャーモードでは、駅名を打って到着した場所が次の現在地になります。そこから乗れる路線を選び、また次の駅へ進みます。最初の一駅は、単に一問目を決める設定ではありません。その後に見える路線も、最初に解放される範囲も、全国の地図をどちらへ広げていくかも、そこから始まります。

それほど大きな意味を持つ場所を、作った側の都合だけで置いてよいのかと考えました。

実在する駅を使っている以上、同じ駅名でも、人によって距離感がまるで違います。毎朝使う駅かもしれません。子供の頃に使っていた駅かもしれません。一度も降りたことはないけれど、名前だけ妙に気になっている駅かもしれない。鉄道の地図は全国で一枚ですが、その地図の見え方は全員同じではありません。自分の知っている駅を見つけると、周りの線まで急に具体的に見えてきます。隣の駅の名前も、その先で接続する路線も、ただ収録されているデータのままではありません。ここからなら、あちらへ行ける。反対方向へ進めば、あの駅がある。最初から全部を知っている必要はありません。一つだけ知っている場所があれば、全国の地図に手を掛ける場所ができます。

スタート駅を自由に選べるようにしたかった一番大きな理由は、全国共通の正しい入口を決めるより、プレイヤーごとに地図の入口が違う方が、このゲームには合っていると思ったからです。全国の駅を収録している、と書くと、その数の大きさが目立ちます。けれど、遊び始める人から見れば、いきなり全国を渡されても広過ぎます。どこを見ればよいのか、どの路線から触ればよいのかが分かりません。自由に選べるようにすることは、選択肢を増やす変更なので、一見すると余計に迷わせるようにも見えます。実際、開始ボタンを押したらすぐ一問目が出る方が操作は短くなります。それでも、最初に駅名を一つ選ぶ時間は残しました。全国の収録駅を一度に理解してもらう必要はなく、自分が思い浮かべた一駅を検索してもらえばよいからです。駅名を漢字、よみ、ローマ字の一部で探し、候補から一つ決める。その一駅が決まった瞬間、広過ぎた全国地図に現在地ができます。「全国のどこでも」ではまだ何も始まっていませんが、「この駅から」になると、次に選ぶ方向が生まれます。

これは、好きな駅を選べるというサービスを付け足した感覚とは少し違いました。全国という大きさを、一人分の旅に縮めるための操作です。地元の駅を選ぶ人だけを想定したわけでもありません。知っている場所から始めてもよいし、いつか行ってみたい場所から始めてもよい。難しそうな駅名を見つけて、そこを最初にしてもよいと思っています。選んだ駅に詳しいかどうかより、自分でそこを入口に決めたことの方が大切です。誰かに指定された稚内駅と、自分で検索して選んだ稚内駅は、同じ地図上の同じ駅でも始まり方が違います。後者なら、稚内から出たいと思った本人の旅になります。

この変更を考えたとき、開始駅だけ自由にして、その後は今まで通り現在地から進む形にすることは、かなり意識しました。好きな場所から始められるなら、次に遊ぶときも好きな場所へ移動できた方が便利です。未解放の駅へいつでも飛べるようにすることもできます。ただ、それをすると、駅名を打って現在地を動かす意味が薄くなります。遠くの路線へ行きたければ、その間の駅を打って辿り着く。到着した場所から、次の路線へ乗る。その繋がりがアドベンチャーモードの中身です。開始駅の自由さは、その繋がりを省略するために入れたものではありません。どの繋がりの上に最初の足を置くかを、自分で決めるためのものです。

最初の一駅は自由です。選んだ後は、その駅が最初の解放駅と現在地になり、そこから乗れる路線と進行方向を選びます。次の駅へ着くには、その駅名を最後まで打ちます。その先へ行きたければ、また繋がっている路線を進む。この境目がないと、自由に選べることと、鉄道網を辿ることがぶつかってしまいます。何度でも場所を飛び越えられるなら、地図は問題を選ぶメニューに近くなります。一度だけ自分で入口を置き、そこから先は自分で線を伸ばす。今の形なら、選ぶ自由と、辿り着く面白さを同じ地図に残せます。

開始駅の選び方も、地図を拡大して小さな点を直接押す形にはしませんでした。全国を表示した縮尺では駅が密集し、目当ての一駅を選ぶのが難しいという事情もありますが、ゲームを始める最初の操作として駅名を入力してほしかったからです。検索欄に知っている名前を打つと、候補に駅名とよみが並びます。同じ名前の駅があれば路線名も添え、どの駅なのかを見分けて選びます。まだプレイのカウントダウンは始まっていませんが、自分が出発したい駅をキーボードで呼び出すところから、既にこのゲームは始まっています。駅を選ぶと、全国を見ていた地図がその場所へ寄り、今度はそこから乗る路線と方向を決めます。以前は、地図が稚内へ向かうのを受け取るだけでした。今は、自分が入力した駅名に地図が応えて動きます。小さな違いに見えますが、最初の現在地を誰が決めたのかは、その後の進み方にも残ります。

例えば自宅の近くから始めたなら、最初の数駅には見慣れた名前が続くかもしれません。そこから少しずつ知らない駅名が混ざり、乗換駅で別の路線を選び、やがて最初には見えていなかった場所へ出ます。知らない土地から始めたなら、一駅目から読み方を確かめながら進む旅になります。どちらが正しい遊び方ということはありません。全国の同じデータを使っていても、どこに最初の一点を置くかで、最初に出会う駅名の並びは変わります。全員を同じ端に並べる必要はありませんでした。むしろ、入口がばらばらだからこそ、全国を収録した意味が出ます。北から南へ進む人もいれば、いつもの駅から隣町へ進む人もいる。旅行で覚えた駅から始める人もいるでしょう。収録された駅の数を見せるだけでは、全国はまだゲームの外側にある情報です。その中から一駅を選び、現在地として保存したところで、全国の鉄道網がその人の進捗になります。

最初に選んだ駅は、後から何度も表示する飾りではありません。そこを出てしまえば現在地は次の駅へ移り、さらに先へ進めば、出発点は地図の後ろ側へ残っていきます。それでよいと思っています。自分で置いた一点から旅が始まったことが大切です。稚内駅をなくしたわけでも、特別ではない駅にしたわけでもありません。稚内から始めたい人は、検索して稚内を選べます。以前と同じ場所から出発することも、まったく別の場所から出発することもできます。ゲームが決めていた一駅を、プレイヤーが決める一駅へ変えました。その一回の選択が終わったら、あとは線路の繋がりに沿って進みます。全国の鉄道網へ入る扉は、一つに決めなくてよいと考えています。