タイピングゲームでは、ミスをすると大きく不利になるのが普通です。寿司打もe-typingも、正確さを重視した方がスコアは上がります。速く打ててもミスが多ければスコアは伸びにくく、少し速度を抑えてでも正確に打った方がよい結果になる。そういうルールで遊んでいれば、なるべく間違えない速さを選ぶようになります。高いスコアを目指すなら、その打ち方が正しいからです。
「電車でタイピング」では、このミスのペナルティをかなり緩くしています。
タイピングゲームなのだから、正確に打つことを厳しく求める方が自然に見えるかもしれません。それでも緩くしたのは、自分がゲームをやっていて、正確さを優先することと、タイピングをかなり速くすることは、同じ方向を向いていないと感じたからです。ある程度までタイピングを伸ばすなら、既存のルールは向いています。キーを正しく打てるようになり、ミスを減らしながら速度を上げていく。正確さを上げればスコアも上がります。そこそこタイピングができるところまでなら、このルールで伸ばしていけます。
スコアは遊んだ結果の数字であると同時に、どんな打ち方を続けるかを決める目安にもなります。ミスを避けるほどスコアが上がるなら、正確さを守れる速度を選ぶ。少し速く打ってスコアが下がれば、元の速度へ戻す。ゲームとしては自然な動きです。繰り返し遊ぶほど、そのゲームが評価する打ち方にも慣れていきます。そこで身に付くのは、今選んでいる速度を正確に保つ打ち方です。そこそこ打てるようになるまで、この練習はうまく働きます。
けれど、そこからさらに速度を上げようとすると、正確さを守ることが速さの上限にもなってきます。今の自分が正確に打てる範囲だけで速度を上げようとしても、その範囲からはなかなか出られません。正確に打てる速度を選び続けているので、当たり前と言えば当たり前です。かなり速くなるには、一度、正確さを多少犠牲にしてでも速く打つ必要がありました。まだ安定して打てない速度へ先に入るので、ミスは増えます。既存のタイピングゲームであれば、スコアが落ちる打ち方です。ゲームの評価だけを見れば、前より悪くなったようにも見えます。それでも、自分の感覚では、速さを伸ばすにはこちらの順番の方がよかったのです。
速く打てるようになると、体内時間の感覚が遅くなります。以前は速すぎると感じていた入力が、同じようには速く感じられなくなる。速度を先に上げた直後は、正確さが落ちます。ただ、その速度で打てるようになると、最初に感じていた速さが少しずつ普通のものになっていきます。すると、最初はミスが出ていた速度でも、正確に打てるようになります。速さを先に一段上へ動かし、そこへ正確さが追いついてくる。自分が実際にゲームをやっていて感じたのは、この順番でした。速さを先に上げることは、正確さを諦めることではありません。最初はミスが増えても、後からその速度に正確さを合わせていくための順番です。
体内時間が遅くなるというのは、時計の進み方が変わるという意味ではありません。自分が同じ時間の中で扱える入力の速さが変わり、以前の速度を前ほど速く感じなくなるということです。速さを上げたばかりのときは、正確さまで気を配る余裕がありません。けれど、その速度が自分にとって普通になれば、同じ速度の中で正確さを上げられます。先に速さを経験しているので、後から正確さを合わせられるのです。
逆の順番では、同じことが起きません。今の速度で正確さを上げても、今より速い速度を打ったことにはなりません。ミスを一つずつ減らし、今の速度でほとんど間違えなくなったとしても、選んでいる速度は同じです。正確さが上がったことはスコアへ出ますが、速度の上限が動いたわけではありません。かなり速くするには、どこかで今の正確さを保てない速度へ入る必要があります。そこでは一度、正確さが落ちます。けれど、速さが上がれば体内時間の感覚が遅くなり、正確さも確実についてきます。正確さを上げれば、そのまま速さも上がるように思えますが、実際には同じ向きの関係ではありませんでした。速さを上げると正確さは後から上げられるのに、正確さを上げても速さが後からついてくるとは限らない。この非対称性に気づいてから、ミスを減らすことだけを強く評価するルールに違和感を持つようになりました。
ミスのペナルティがきついゲームでは、まだ正確に打てない速度を試すと、スコアが下がります。速く打とうとした結果として出るミスも、ゲームの上では厳しく評価されます。高いスコアを取ろうとすれば、正確さを崩さない速度へ戻ることになる。そのルールに合わせて遊ぶことと、速度の上限を押し上げることが、ここでずれてきます。既存のタイピングゲームは、そこそこタイピングができるところまで伸ばすには向いています。正確さを身に付け、安定して打てるようになるところまでは、ミスを減らすことがスコアにも繋がります。ただ、かなり速くするという意味では、そのルールが必ずしも適しているとは思えなくなりました。
正確さを上げることと、最高速度を上げることは、同じ練習ではありません。正確さを中心にしたルールは、今の速度でミスを減らす練習には合っています。かなり速く打つことを試す場面では、最初に出るミスを受け入れる必要があります。そのミスを全て大きな失点にすると、速さを先に動かす打ち方を選びにくくなります。ミスの回数だけを見れば、速度を上げた直後は前より悪くなります。けれど、その時点だけで止めず、速度に慣れた後まで含めて考えると、正確さは後からついてきます。自分が緩くしたかったのは、この部分です。
正確さも必要です。ただ、自分が感じた順番では、正確さが一時的に下がることを受け入れ、後から追いつかせます。最初から正確さを崩さない範囲に留まるか、一度その範囲を出てから正確さを上げ直すか。その違いです。ミスを厳しく罰し過ぎると、後者を試すことが難しくなります。
「電車でタイピング」では、入力の速さによって電車のスピードが変わります。速く打てば電車も速くなり、速度を落とせば電車も遅くなります。タイピングの速度が、プレイ中の電車の動きとして返ってくるゲームです。速さは最後に出るスコアに加え、今走っている電車からも分かります。入力の速度を変えると、電車のスピードも変わる。その場で反応が返ってくるので、今より速く打ってみることが、そのままゲームの動きになります。少し無理をして速度を上げれば、ミスが出るかもしれません。それでも、入力が速くなったこと自体は電車のスピードへ返ってきます。
この仕組みがあるのに、ミスを強く罰し、ゆっくり正確に打った方が得になるようにすると、電車の動きとスコアのために選ぶ打ち方がずれてしまいます。電車は速く打った分だけ速くなるのに、ゲームの評価は速さを抑えるように働く。自分がこのゲームで重く見たかったのは、速さを上げようとしたことです。速度を上げる途中では正確さが一時的に落ちても、速度に慣れれば正確さはついてきます。先に速く打ち、その速度の中で正確になっていく。その上達の順番を邪魔しないように、「電車でタイピング」ではミスのペナルティを緩くしています。