「電車でタイピング」は、最初、英語に全く対応していませんでした。外国人が思った以上に遊びに来ることを想定できておらず、実際に来てもらってから急いで英語対応を入れることになりました。ただ、後から振り返ると、足りなかったのは画面に表示する英語だけではありません。日本語をローマ字で入力する仕組み自体に、日本語で普段タイピングしている側の常識がかなり入っていました。
そのことが早くも出たのが、最初の駅を入力するところです。ここがアルファベット入力に対応していなかったため、急遽対応する必要がありました。最初の駅を入力する欄なのに、アルファベットでは駅名を入れられない状態でした。英語対応を急いでも、入力欄がアルファベットを受け付けるまでは、英語で駅名を入れたい人に使ってもらえません。最初の駅の入力だけを見ても、必要だったのは表示の英訳だけではありませんでした。
もっと難しかったのは、アルファベットを受け付ければ解決するわけではなかったことです。一番分かりやすいのが「東京」でした。英語で見慣れた表記はTokyoです。一方、日本語のローマ字入力で「とうきょう」と打つなら、Toukyouと入力する必要があります。Tokyoと打っても「とうきょう」にはならないので、日本語を入力する側から見るとToukyouの方が自然です。しかし、外国人にとって見慣れているのはTokyoで、Toukyouは不自然に見えます。
同じ駅名なのに、駅名を読むためのアルファベットと、日本語を一文字ずつ入力するためのアルファベットが一致していませんでした。
自分にとってのローマ字は、日本語を打つためのキーの並びでもあります。けれど、外国人が見るローマ字は、既に知っている駅名の綴りです。Toukyouと入力すれば、「と」「う」「きょ」「う」を日本語として打てます。その代わり、Tokyoを知っている人にToukyouを求めると、知っているはずの地名が急に見慣れないものになります。Tokyoなら駅名としては自然ですが、そのまま同じキーを押しても日本語の「とうきょう」にはなりません。この違いは、英語へ翻訳するだけでは表に出てこないものでした。
東京という一つの駅名に、外国人が英語読みとして見慣れているTokyoと、日本語入力に必要なToukyouがありました。どちらもアルファベットですが、同じ使い方はできません。アルファベット入力に対応する、とだけ決めても、TokyoとToukyouのどちらを入力してもらうかは残ります。Tokyoで見えたずれは、日本語の読みをアルファベットにし、それを一文字ずつ入力してもらうところにありました。
ローマ字の方式についても、同じずれがありました。当初は訓令式で書いていましたが、ヘボン式で書いてほしいという声が殺到しました。自分の中で一つの規則に揃えていても、それを読む人が普段から見慣れている綴りと違えば、不自然さは残ります。入力の仕組みとして整っていることと、外国人が読み慣れていることは同じではありませんでした。
訓令式かヘボン式かは、作る側から見ると表記規則の選択です。遊ぶ側から見ると、目の前に出ている駅名をどう読めばよいか、そのまま入力してよいかという問題になります。ヘボン式を求める声が殺到した以上、少数の人だけが気にする表記の好みとして扱うこともできませんでした。それだけ多くの人にとって、見慣れているのはヘボン式だったということです。しかも、TokyoとToukyouの例では、外国人が見慣れた綴りと、日本語として必要な入力がまだずれています。日本語の音を一文字ずつ打つゲームである以上、見慣れた英語表記と、実際に押してもらうキーをどう繋ぐかは残ります。どちらか一つを正しいものとして置けば終わる話ではありませんでした。
「・を入力できない」という問い合わせが頻発したことも、同じ問題でした。実際には、ゲーム側では「・」を入力できる状態でした。それでも入力できないという連絡が何度も来ます。英語キーボードには「・」という文字がなく、おそらく日本語固有のものだったからです。ゲームの入力判定がその文字を受け付けることと、英語キーボードからその文字を出せることは別でした。
「入力できます」と「入力できるように作ってあります」は同じように聞こえますが、前者は遊ぶ人の環境まで含みます。後者はアプリの中だけを見ていても言えてしまいます。「・」については、アプリの中だけなら確かに入力できました。それなのに問い合わせが繰り返されたのは、遊ぶ人にとっては本当に入力できなかったからです。
「・」では、「入力できない」という問い合わせと、実際には入力できるという状態が同時にありました。入力判定だけを見れば対応済みです。英語キーボードだけを見れば、入力に必要な文字がありません。どちらの側から見るかで、同じ「入力できる」の意味が変わります。問い合わせが頻発したことで、アプリが文字を受け付けるだけでは解決していないことが分かりました。
正確には英語圏の全てのキーボードや入力方法を確認したわけではないので、「・」がどこでも日本語だけの文字だとは言い切れません。ただ、日本語のキーボードを前提にした文字を、その前提がない人にも同じ方法で求めていたことは分かりました。ここでは英語の意味が伝わるかどうかさえ関係ありません。「・」を見て、求められている文字が分かったとしても、その文字に対応するキーが手元になければ止まります。説明を英語に直しても、キーボードに「・」のキーが増えるわけではありません。ゲームの中だけを確かめると問題なく受け付けられていたので、入力できるはずなのに問い合わせが来る、という状態になっていました。
英語の文章を用意することは、実際に急いで必要になりました。それと同時に、タイピングゲームでは、説明の意味が伝わることと、その通りにキーを押せることの間に差がありました。最初の駅はアルファベットを受け付けず、TokyoとToukyouは同じにならず、「・」はゲーム側で受け付けても問い合わせが続きます。英語へ直した後にも、入力の問題がそのまま残っていました。
外国人から届いた声は、日本版を英語で遊ぶためのものだけに留まりませんでした。自分の国でも実装してほしいという声も多く来ました。英語で説明できれば日本の駅を遊んでもらえる、という範囲よりも先を求められていたことになります。同じゲームを自分の国の駅で遊びたいと言われた時、対象を増やすことと、表示だけを英語にすることが別の話だとはっきりしました。
自分の国でも、という要望は、今ある日本の駅名を英語で遊べるようにしてほしいという話とは違います。この声が多発したことで、来ていた外国人が求めていたものは、日本版の英語対応だけではなかったことも分かりました。最初は英語に全く対応していなかったのに、届く要望は英語対応の先にある自国版へも広がっていました。
最初は英語に全く対応しておらず、必要になってから急いで直していきました。その中で見えたのは、こちらが正しいローマ字を用意するだけでは、外国人にとって自然な入力にはならないということでした。訓令式には訓令式の規則があり、日本語入力としてのToukyouにも必要な文字があります。それでも、遊びに来た人が見慣れているのはヘボン式であり、Tokyoです。画面に出した文字を相手が見慣れた綴りとして読めて、その人のキーボードで実際に打てるところまで確かめて、初めて外国人向けの入力対応になります。